46.とある写真のエピソード
あぁ、この紅葉の写真、覚えてますか?
この辺りの撮影、一緒に行きましたもんね。
あの時、僕があんまりにも夢中になっちゃって崖から足滑らせて…。
散々心配かけたのに、何食わぬ顔で戻ってきて
しかもしっかり写真までおさめてきたものだから、
あなたには相当怒られましたよね。懐かしい。
今じゃもうこの景色もなくなってしまいました。
『遊覧船で行く、秋の紅葉狩りツアー』として
そこのダム湖、いい観光スポットになってましたよ。
確か、お話してませんでしたよね。
実はあの日、無事に元の道まで戻ってこれたのは
案内してくれた人がいたからなんです。
ちょっと、不思議な話なんですけど。
その女の子は、艶やかな真っ赤な着物を着ていました。
まるで、秋を彩る紅葉のような…
彼女は困った僕の様子を見かねてか、
「元の道まで案内してあげるから、ついてきて」と言ってくれました。
明るい雰囲気の子で、道中自分の話やその村の人の話
その村に伝わる古い伝承の話などもしてくれましたよ。
カメラにも興味があるみたいで
「写真は遠くの人や、自分の知らない未来を生きる人にも"今"を切り取って
伝えられるから好きだ」って言っていたのを覚えています。
それで、この写真の大紅葉の木を教えてくれて…
ちょうど日も落ちはじめて、真っ赤に染まる空と紅葉に魅せられました。
夢中でシャッターをきって、ふと僕は、彼女にも入ってほしくなった。
夕日と紅葉と赤い着物がきっと絵になるって。
けれど、彼女は言ったんです。
"ありがとう。でも、自分はきっと写らないから無理だ"って。
え、っと僕が一瞬戸惑うのと同時に、すごい風が吹き上げて…
その中で彼女の声が聞こえたんです。
「いつか伝えてほしい。ここの景色、ここの暮らし。大紅葉の事。
ちゃんとここに存在していた事を忘れないでいてもらうために」って。
その言葉を残して、彼女は消えてしまいました。本当に一瞬のうちで。
"あぁ、いけない。
自分は頭でも打っていて、実はここはまだ夢の中なのかもしれない”
とも思いました。
けれど日も落ちてきたし、とりあえず彼女に教えられた道を進んだら
すぐに元の道に出て、あなたにも会えたという訳です。
知っていたんですかね。この景色が、もうすぐなくなってしまう事を。
本当に、今考えても不思議な話なんですけど
こうしてちゃんと、写真も残っているわけで…
ほとんど信じてもらえないので彼女の話はあまりしないのですが
僕の中ではずっと、忘れられずにいるんです。
そうそう、先日出口に置いてある感想ノートを読んでいたら
昔この村に住んでいたという人のものがありました。
この写真の事を、「懐かしかった。ありがとう」と…。
変わらない「今」なんてなくて、いつか必ず過去になっていきます。
大切にしたいもの、忘れてはいけないもの…
身近なものからそうでないものまで、本当に色々あるんですけど
ひとつひとつに目をむけて、大切に切り取っていければな、と
僕は今、改めてそう思っているところです。
46.派手
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