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52.なくしもの屋

…それにしても、いつからこんな噂になってしまったもんかね。
これじゃあ、昼寝もろくにできやしない。



(電話のベルの音)

はい、こちら「なくしもの屋」です。
はい、確かにこちらでは、忘れものや落しものを
一定期間保管しておりますよ。
ただし、まぁ…ここは、一般の保管所では扱いにくいもの専門ですが。
それで、あなたは一体何をなくされたのです?

はぁ、“夢” ですか?いつ頃なくされたのですか?…分からない。
”夢”につきましては3か月の保管期間を過ぎたら、拾った方のものとなるか
リサイクルセンターの方にまわしてしまいますからねぇ…

いや、しかし、私の経験から言わせていただきますと
"夢" というのは、痛みを支払い捨てるものなのです。
その覚えがないのなら、案外ポケットの奥にでもしまいこんで
忘れているだけかもしれませんよ。
もう一度よく探してごらんなさい。えぇ、それでは。


(電話を切る)(次の電話のベルの音)

はい、こちら「なくしもの屋」です。
…えぇ、"記憶" を?
大切な人のことも、自分のことも、少しずつ忘れていくのが怖い…と。
そうですね。そりゃ怖い。あ…でもね、なくしたことを嘆きすぎないことです。
あなたがあなたでなくなってしまったことに、心を痛める人もあるかもしれません。
それでも、それは仕方がないことです。
誰も傷つけず、迷惑をかけず生きることは、不可能なのですから。
大丈夫。あなたが旅立つその日まで、”記憶” はちゃんと
こちらで保管しておきます。

(電話を切る)(次の電話のベルの音)

はい、こちら「なくしもの屋」です。
“楽しむ心” ですか。あぁ、それは…たくさん届けが来ています。
大事なもののはずなのに、皆さんいつの間にか落とされる。
ただ…まぁ、困ったことに、これは見分けがつきにくいもので。
どうです、一度あなた自身でこちらに探しにいらしては。
え?地図をメールかFAXで…ですか?
申し訳ありません。あいにく、「なくしもの屋」は黒電話が主流でして。
えぇ、それでは。

(電話を切る)

ふぁあ… 眠い。きみもまぁ、よく働く電話だね。
どうだい、少し、私の昼寝に付き合わないかい?

…えーと…、電話線… あ、ここか。

52.電話

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