54.修復絵師
…そんな物騒なものを向けるのはよしなさいな。
私を殺したところで、何の得にもなりやしないよ。
お前さん、見つかったらまずいんだろう。
脱走兵を探しに、このところずっと兵士がうろついているからね。
まぁ… 私には関係のないことだ。
ほぉ… お前さん、
ここの教会でこの絵を見たことがある人間かい。
あぁ、幾条にも走る亀裂、ひび割れ、剥落…
何とか絵だけは守られたものの、ここ自体爆撃にもあっている。
お前さんから見ても、この絵が瀕死の状態にあるのは明らかだろう。
修復チームは、ここが戦場となったことで解散したがな。
私は…1人残った変わり者だよ。
今回の修復は、いわば原画の発掘作業だ…。
この色のくすみは、修復の名の元に
無神経な加筆が繰り返されたのにも原因がある。
そこの人物も、今でこそ本来の優しい瞳だが、
少し前まではもっと険しい表情だった。
…今の世と似てるな。
私には… 今していることが憎しみの塗りかさねに見えるよ。
お前さんはどうだ。
今のお前さんの瞳は…
(ここで初めて脱走兵の瞳をしっかりとらえ、ひどく怯えた目に気づく)
あぁ… ずいぶん長く、厳しい日を越えてきたんだな…。
銃じゃ、仮に何かを守れても
本当の意味で心までは救えんよ。
相手に向けたはずの銃口は、実は自分にも向いているのかもしれない。
…いつかはこの戦争も終わりを迎えるだろう。
多くの者が傷を負い、救いを求めてここに来る。
だからこそ… 私は今、この絵と向き合いたい。
これは、自分自身の運命との勝負なのだよ。
…ところで、これは独り言だが
この建物の裏手に古井戸があるんだが…どうやらそれがただの井戸じゃないらしい。
調べてみたらどうだ?
いつかまたこの教会を訪れて、私の勝負の行方を見届けてくれ。
…神のご加護があらんことを。
54.いざ勝負
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