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70.夢見るうさぎ

こんな夢を見た。
殺風景な月の砂漠で、うさぎが一人、穴を掘っていた。

 

「穴を掘っているんです」

 

何故かと聞けば、埋めるためだと言う。
何をと聞けば、自身の胸を指さし微笑した。

 

「人間として生きるのは、大変ですから。次から次へと不要な感情が湧いてきてしまう」
「一昔前の僕ならば、不要な感情なんてないと、そんな風に言ったのでしょうね、でも」
「不要な感情というのは、確かにあるのですよ」
「だって」
「臆病者のうさぎの仮面なんて僕はいらなかったもの」
「どんな感情だって、どんな体験だって、不要なものなんて何一つないなんて言うならば」
「こんな風に、僕を殺したその体験は、その感情は、必要なものだったと言えるのかい?」
「経験しない方がいいことだってあるんです、それで、平和に、幸せに、笑って暮らせるというのなら、知らなくていいことだって沢山あるんです」
「たくさん、それはもう本当にたくさん」
「僕は少々、知りたがりがすぎました。それが僕の意思の及ばないところだったとしても」


「僕がここに埋めているのは、僕の悲しみです。怒りです。嫉妬です。苦悩です」
「あぁこうすれば良かったという後悔です。でも、できなかった自分への憤りです」
「誰かにぶつけるなんて器用なことはできないから、僕は穴を掘って埋めるのです」
「そうして、埋葬しているんです」


「いつか僕の埋めたものが、時間という土の養分とよく混ざり、たくさんたくさん、涙という雨を降らせることができたなら、いつか、綺麗な花として咲くことができるでしょうか」
「僕は花畑のようになったこの庭を眺めて、あぁ、生きてきてよかったと言えるでしょうか」
「そして」
「知らない誰かがここを眺めて、あぁ綺麗だなと、ほっと気持ちを和ませてくれるでしょうか」
「僕は… ぼくは、いつかそんな日が来ることを夢見ているんです」
「切実に、夢見ているんです」

 

うさぎは泣いていた。微笑を浮かべ、泣いていた。
泣いているように、見えた。

 

確かに泣いていたのだ、うさぎは。あの時。

 

 

夢から覚めた時、僕は、締め付けられるような胸の痛みを感じて
両の瞼が、涙で濡れていることに気がついた。

 

あぁ、きっと、あのとき対峙したうさぎは僕自身だったんだ。

70.大変ですから

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