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73.カレンダーの破り方

 

おばあちゃんの部屋には
おばあちゃんのカレンダーがあった。

絵を描くのが好きなわたしに
おばあちゃんはいつも、役目を終えた月のカレンダーを破いてくれた。

 

 

自由帳よりも、チラシの裏よりも
ずっと大きくて上質なカレンダーの裏面は

当時のわたしにとってとても貴重なものだった。


そして、絵ができたなら、1番におばあちゃんの部屋を訪ねて見てもらう。
そして2人だけであれこれおしゃべりをするのだ。

 

 

きっかけは、おばあちゃんが書き込んだ予定の中に
自分の名前を見つけたことだった。

 

それ以来、絵を描く前におばあちゃんの一月を気にして
覗き見るようになってしまった。
わたしの知らないおばあちゃんの予定、約束…。

 

なんだかそれは、おばあちゃんの秘密に触れているようで、
すごく悪いことをしているような気がした。

 

「あっはっは!見られて困るような予定なんて
 なーんにも書いちゃいないわよ」

 

ある時遂に耐えきれなくなったわたしは、おばあちゃんに懺悔した。
が、盛大に笑い飛ばされてしまった。

 

それからは、裏面だけでなく、表の面もわたしたちの話の種になった。

 

 

ある頃から、カレンダーに色々な人の名前が書き込まれるようになった。
わたしの知らない名前も多かったが、「これは誰?」と尋ねると、
おばあちゃんは楽しそうに教えてくれた。

 

「会いたいなぁって人には
 全員会っておきたくなったのよ
 一人でも忘れちゃだめ
 久しぶりって会って
 くだらない話をして
 たくさん笑って
 じゃあまたねって別れるの」

 

今振り返れば それは
所謂おばあちゃんの「終活」だった。
よく食べ、よく笑い、いたって健康そのものに見えた
おばあちゃんからは、そんな気配を1ミリも感じ取ることはできなかった。

けれど。

 

 

12月になって
初めて雪が降った寒い日の朝、
おばあちゃんが起きてくることはなかった。

 

とてもとても安らかな表情で
けれども確かに、亡くなっていた。


 


おばあちゃんだけがいなくなった
その部屋に入ることが、わたしはしばらく怖かった。

 

それでも、月終わりが近づくほどに、
きっと今でも掛かっているカレンダーの残された最後の1ページが
あの部屋でわたしを待っているような気もした。
おばあちゃんも…

 


そして大晦日の夜、わたしは一人その部屋を訪れた。
電気をつけて、ふぅっと一息。やっぱりまだ鼻の奥がツンとした。
そしてカレンダーに目をやると、亡くなったその日は気づかなかった
付箋メモ。

 

 

[最後の月も、お絵描きしてね。]

 

 

それは明らかにわたし宛てだった。


こんなのずるい。できるわけない。
このカレンダーを破いたら、おばあちゃんとわたしが繋がれるところを
もう本当に失ってしまう気がした。

視界が涙で霞む中、付箋の続きの文字に目を落とす。

 

[あちら側にいる会いたい人に、会いに行くだけ。]
[あなたとのこと、たくさんたくさん自慢するわね。]

 

亡くなった日よりも先の日付に書かれた予定は
照れ隠しのように付箋の影に隠されて。

 

そこにあったのは、
わたしは会ったことのない、おじいちゃんの名前だった。

 

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